2017/01/04
●トヨタ(トヨタ自動車株式会社)
世界最大手の自動車メーカーであるトヨタの社名の由来は、トヨタ自動車株式会社の実質的な親会社である「株式会社豊田自動織機」の前身である「豊田自動織機製作所」を創業した「豊田佐吉」の姓が由来です。
「豊田自動織機製作所」の自動車制作を担当する部署が現在のトヨタ自動車株式会社になりました。
姓の豊田は「トヨダ」と読み、クルマの過去のロゴはアルファベット表記でも「TOYODA」だったのですが、トヨタにすればカタカナ表記で8画になり縁起がいいこと、濁音がない方が爽やかなこと、創業者の姓から離れることで個人の会社から社会的・世界的企業に発展するという意図があり、「トヨダ(TOYODA)」から「トヨタ(TOYOTA)」へと変わりました。
本社が愛知県豊田(読みはトヨタ)市にあることからトヨタなのだと勘違いしている方もいるようですが、これは全くの逆で、豊田市は元々は「挙母市(ころもし)」という場所でしたが、トヨタが自動車メーカーとして成長することで「全国有数のクルマのまち」となったことから、1951年に「豊田市」に変更されました。企業名が地名の由来になっているのは日本では豊田市のみです。
●ホンダ(本田技研工業株式会社)
本田技研工業の前身である「本田技術研究所」を起業した、「本田宗一郎」の姓が由来です。
ロゴは赤文字の「HONDA」で、メディアなどが社名を記載する際のアルファベット表記は昔は「HONDA」だったのですが、2000年からホンダはロゴ以外でのアルファベット表記はコミュニケーションネームと呼称する「Honda」を使うよう要望しています。
●マツダ(マツダ株式会社)
マツダは、1920年に設立したコルクを生産する「東洋コルク工業株式会社」が源流で、その創業者は「海塚新八」でしたが、病気のため半年程で「松田重次郎」が2代目社長になりました。
その後1927年に「東洋工業株式会社」に社名変更をして、東洋工業が製造するオート三輪のブランド名は実質的な創業者である「松田重次郎」の姓を由来として「マツダ」になりました。
そして1984年に「マツダ株式会社」に社名が変更されます。
なお、マツダの英語表記は「MATSUDA」ではなく「MAZDA」ですが、これはゾロアスター教の最高神である「アフラ マズダー (Ahura Mazd?)」にちなんだものです。マツダとマズダーの発音が近いこと、マツダが自動車産業の光明となることを願ったことから、「MAZDA」の表記となりました。
●スズキ(スズキ株式会社)
大工だった「鈴木道雄」が織機を製作する「鈴木式織機製作所」を1909年に創業し、その後1920年に「鈴木式織機株式会社」となり、1954年に「鈴木自動車工業株式会社」に社名変更をして、1990年に現在の「スズキ株式会社」となりました。
「鈴木道雄」は120以上の特許及び実用新案を取得するほどの発明家で、織り機は耐久性が高く長期間稼働されるため買い替え需要が少なく、将来的に販売縮小することを予見して、早い段階から自動車産業に進出することを検討していたようです。
●光岡(株式会社 光岡自動車)
日野のディーラーに勤務していた「光岡進」が独立して創業したのが光岡自動車です。
日野がトヨタとの業務提携で商用車専業となって、元々乗用車を担当していた光岡進は商用車販売の接待営業が好きになれず、退職を決意したそうです。
独立後すぐは板金塗装や整備をしていましたが、中古車販売業を全国展開させた後、ゼロハンカーの製造・販売を経て、輸入車の販売・改造をすることになります。
輸入車の改造で得たノウハウが「ラ・セード」などの開発に結びつき、その後にフレームからクルマを製造し、「ゼロワン」が完成したことで、光岡は1996年に正式に自動車メーカーとして認められました。
●日産(日産自動車株式会社)
1933年に「日本産業株式会社」と「戸畑鋳物株式会社」が共同出資して、ダットサンと自動車部品の製造・販売をする「自動車製造株式会社」を作ったのが始まりです。その後、日本産業が全額出資して会社名を「日産自動車株式会社」に変更しました。
日産とは「日本産業」の略です。
●NMKV(株式会社 NMKV)
NMKVは日産自動車株式会社と三菱自動車工業株式会社が共同出資して設立した軽自動車事業関連の合弁会社です。
会社名は、Nissan Mitsubishi Kei Vehicleの頭文字が由来です。
●ダイハツ(ダイハツ工業株式会社)
大阪高等工業学校(現在は大阪大学工学部になっています)の研究者が「発動機製造株式会社」を設立しました。
その後、会社名に発動機を含む後発メーカーが多く出てきたことで、どこが作った発動機かを区別するため、「大阪の発動機」と呼ばれるようになっていました。そしてそれが短縮されて「大発(だいはつ)」と呼ばれるようになったため、1951年に「ダイハツ工業株式会社」に商号を変更しました。
●UDトラックス株式会社
「民生産業株式会社」の自動車部門が独立して「民生デイゼル工業株式会社」となり、GM(ゼネラル・モーターズ)とライセンス生産契約を交わして、「ユニフロー掃気ディーゼルエンジン(Uniflow scavenging Diesel engine)」を発表し、日産自動車の系列に入り1960年に「日産ディーゼル工業株式会社」に商号を変更します。
その後、ボルボが筆頭株主となって日産自動車との資本関係が消滅し、2010年に「UDトラックス株式会社」に商号を変更します。
UDは「ユニフロー掃気ディーゼルエンジン(Uniflow scavenging Diesel engine)」の略です。
ユニフロー掃気ディーゼルエンジンの製造は既に終了しましたが、現在ではUDは「Ultimate Dependability(究極の信頼)」の頭文字としているようです。
●三菱(三菱自動車工業株式会社)
三菱は土佐藩が経営していた「九十九商会」が源流で、実業家「岩崎弥太郎」が「三菱商会」と改称しました。
岩崎家の家紋「三階菱」と、土佐藩主山内家の家紋「三ツ柏」を組み合わせ、「三菱」の呼称と、三菱のトレードマークであるスリーダイヤが出来ました。
●三菱ふそう(三菱ふそうトラック・バス株式会社)
三菱は前述の通りですが、「ふそう」は中国における日本の別称「扶桑(ふそう)」が由来で、三菱が大型車事業に参入する際に社内公募で決まったようです。
●富士重工(富士重工業株式会社)およびスバル
「中島知久平」が創業した「中島飛行機」が前身で、創業者が「日本一」の高さを誇る富士山を好んでいたため、「富士重工業株式会社」に社名を変更しました。
「スバル」は富士重工が製造する自動車のブランド名ですが、メーカーとして言う場合も「富士重工」ではなく「スバル」と呼ばれることが多いほど、「スバル」は強いブランドになっています。そのためか、2017年4月1日に「株式会社SUBARU」に商号を変更する予定です。
「スバル」の由来はプレアデス星団の日本の呼び名である「昴(すばる)」です。昴は6つの星が集まって見えることから「六連星(むつらぼし)」とも呼ばれ、中島飛行機とその系列の合計6社が吸収合併する(統べる)形で富士重工が出来たこととに重ね、「スバル」というブランド名と、6つの星が並ぶ6連星マークのエンブレムが出来ました。
●いすゞ(いすゞ自動車株式会社)
「いすゞ」の源流は1929年に設立した「株式会社東京石川島造船所」で、その後は合併などで何度か社名を変更し、1949年に「いすゞ自動車株式会社」と現在の社名になりました。
「いすゞ」は伊勢神宮に流れる五十鈴川が由来です。
●日野(日野自動車株式会社)
日野は「東京瓦斯(ガス)電気工業」を源流とし、その自動車部である「日野製作所」が分社化して「日野重工業」になり、何度かの社名変更を経て、「日野自動車株式会社」となりました。
日野製作所の「日野」は、本社工場がある東京都日野市(日野台)が由来と考えられます。
●プリンス自動車工業
「プリンス自動車工業」は既に日産と合併して存在していませんが、元々は「東京電気自動車」として設立され、何度か社名を変更して1952年に「プリンス自動車工業」となりました。
社名が「たま自動車」だった頃に、当時の皇太子明仁親王が立太子の礼を行ったことから、たま自動車が初めて開発したガソリン車の名前を「プリンス」とし、同年には社名を「プリンス自動車工業」としました。
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